ホワイト企業なのに鬱病になった話【HSS型HSPだった】

憂鬱VS
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昨今ブラック企業に入社したばかりに鬱病になってしまった…って人が増加中。

でも中には「ホワイト企業なのに鬱病になった」人もいるのではないでしょうか。

まの
まの

これって甘え?この職場で働けなかったらどこ行っても働けないかも

そんなホワイト企業で鬱病になった私の話を書いていく。

HSS型HSP気質だった

HSS型HSP=刺激にポジティブな繊細さん

簡単に言えばこうだと思う。

好奇心旺盛で刺激を求めるアクティブなHSSの一面

他人の感情に敏感で気遣いしすぎて疲れやすいHSPの傾向

両方を持つ。(話がそれるから詳しいことは割愛)

この性質にうつ病になってから気づいた。

今まで

「繊細だね」

って言われることはよくあったけど、自分の好奇心旺盛な性格にしか目がいってなくて繊細な自分がみえていなかった。

うつ病をきっかけに繊細って具体的にどういうことなのか

を調べて初めて私って繊細だったのか~って納得できた。

職場での人間関係

先輩たちはみんな私に優しくしてくれた。

私を中心に見れば人間関係は良好だったと思う。

ただ先輩同士は裏でギスギスしていた。

好きな人たちがギスギスしているのは居心地が悪くて無意識のうちにみんなの機嫌を伺っていた。

新入社員が毎日みんなの仲を取り持とうとしたらそれは疲れるよ。

誰にも頼まれていないし自分が居心地悪いからって理由で動いてたから誰のせいでもない。ただの自爆。

唯一の同期はあまり性格が合わなかった。

仕事内容について

残業はたまに30分あるかないか。

ほとんどの日が暇だった。

販売だからお客様が来ない限りは急いでとりかかる仕事は特にない。

何もすることがないから自分でやることを探す。

掃除や身の回りの整頓はすぐに終わってしまうから永遠に知識を増やすための勉強をしていた。

毎日8時間分のやることを探すのって結構大変

入社1週間目に上司から

「何かやることはありますかって何か月後も聞いてるようでは困る」

と結構真剣に同期とともに注意された。

これ以降「何かやることはありますか」って周りに聞けなくなった。

後から

「怒ってないよ。研修中はいいけど3ヶ月後にも人に聞いてるようじゃダメだよって意味でいったんだ。自分が2人に期待しすぎたみたい。説教してごめんね。」

と言われた。

上司の期待を裏切ったことに心が折れた。本人の口から「説教」という言葉がでたということは怒ってないといいつつも内心はイラついてたのかなと思った。

上司「周りにやることきいてるようじゃこまるよ」

~翌日~

私「何かやることありますか?^^」

↑こんなムーブ私の常識ではできない

一週間でばちこり緊張感を更に手に入れた私は

「気をはりすぎだよ。もっと肩の力抜いていいんだよ」

と5カ月後も続けて言われることになる。

でも仕事中に許される範囲で気を抜いた状態がどんな状態か私にはわからなかった

同期と私

手厚い対応

同期は仕事中にスマホをいじる子だった。

何度も先輩たちに注意されるも直さなかった。

そんな同期にも先輩たちは見放さず指導していた。

(当たり前だけど同期のいい加減な態度には先輩方もあきれていた。同期自身は多分気づいていないけど)

私はお金を貰って働いてる以上しっかり仕事したいし別にスマホを仕事中にいじりたい訳ではない。

でもこんなでも見放されずにいる世界に生きる同期が羨ましかった。

「できた」のハードルが低く設定されているのが羨ましかった。

私の頑張りって何なんだろうって思った。

アヒルの子ども

勤務中とにかく後をついてくる。しかも距離がめちゃくちゃ近い。

店頭を歩き回って逃げ続けたけど永遠の勢いでついてくるから歩き疲れて立ち止まるも

「二人とも固まらないで」

と上司にタイミングよく注意される。

自分でやることを探さないで私の真似をして同じことをするから私が見つけた仕事を取られる。

勉強中に雑談を持ちかけてきたり読んでる資料の一部を隠してきたりして勉強の邪魔をする。

ストレスフルだった。

同期の教育係になる

指導に手厚い先輩がいる一方で見放している先輩もいた。

変更事項など同期には伝わらないため私が教えることになる。

教えたくて教えてるわけではないのに「はぁ…」と変な反応をされる。

ズボラで食べ物をぼろぼろこぼす・会社の備品を使った後にもとの場所に戻さない・髪の毛をとかさないからぼさぼさ・下着がでてるなどの注意をお願いされる。

余計な業務が増えても、もちろん給料が増えるわけではない。

注意しても直さない。嫌なことを伝えるも冗談にとらえられる。

しかも私がはっきり言葉で伝えるから”そういう言葉を使える仲”と勘違いされ上からモノをいわれるようになった。

「疲れた」「眠い」「帰りたい」「おなかすいた」

頻繁にささやかれる。

ストレスフル。

コロナでストレス発散不可

HSP気質の人が体力を回復するには一人の時間が必要。

更にHSS型の人は外に出る時間を作ることでストレス発散をする。

この2つをバランスよくとるのが大切だ。

ただこのご時世外になかなか出られなくて休日はswitch版ブレスオブワイルドとYouTubeの加藤純一にすべての時間を注いだ。

今までストレスの捌け口にしていたカラオケ・お酒を飲む場に行くのが禁止されたのはかなり苦しかった。

会社の掲示板にしっかり禁止令が挙がっていた。

「社会人としての責任感が問われます」と書いてあった。

ここでコロナにかかったら立場ないなと思った。

東京住みだからか余計に気持ちが張ってたのかな。

仕事と自分の性質が合わなかった

刺激が足りない毎日

お客さんが来ない限りは毎日同じことをするから今思えば刺激が少なくつまらなかったのかもしれない。

真面目さが認められて仕事に関係のある絵をかかせてくれたりイベントの内容を考えさせてくれたりして楽しいこともあった。

毎日目標を自分で決めたり勉強した知識と失敗した経験から作戦を考えて契約に繋げてみたり仕事を楽しむ努力をしてたけどやっぱり物足りなかった。

常に人の目がある

販売店だから常に人の目にさらされている。先輩方の目もある。

だからずっと緊張状態で気が抜けなかった。

休憩室も一つの大きな机を囲む形態だからずっと他人と一緒。

店内は常に音楽が流れているし人の話し声もずっと聞こえる、店内の光は強すぎる。

目と耳から入ってくる情報が多すぎる。

こういった環境は結構疲れる。

毎日不特定のお客様と会う

ずっと目の前にいる人の気持ちを汲み取るのが得意だったから自分はコミュニケーション自体が好きだと思っていた。

しかし好きだからできることではなく、他人の感情に敏感だからできることだった。

そんな私にとって予測不可能な人たちと立て続けに会うことはとても疲れることだった。

もちろんネガティブなことばかりでなく、持ち前の他人の気持ちを汲み取る力のおかげで私を指名してくれるお客様やお菓子を差し入れてくれるお客様がこの短い期間に何人かできて嬉しかった。

実際本当にこのお客様無理!怖い!と感じたのは半年で2人だけだった。

疲れはするけど嫌なことは少なくて嫌いな仕事ではなかった。

なんでこの仕事にしたか

適当に就職したわけではない。

販売の仕事は下積みの経験としてある。一定の期間が終わったら自分のやりたいことができるシステムになっている。

もともと販売がやりたかったのではなくその後のキャリアに惹かれて入社をした。

コミュニケーションをとるのも好きだと勘違いしていたし販売どんとこい状態だった。

もう一つの理由は

自分に専門職なんてできないと思ったから。

大学は美術系の学部を卒業している。4年間絵を専門に勉強をしてきて上には上がいることが多少はわかっていた。本当は絵に関する職に就きたかった。

でも一握りの人しか成功しない世界で自分が生きていけるわけがないとあきらめた。

だから一般的な職業の中から自分が興味のあるものを選んだ。

他人との感覚の違いを散々アートを通して主張してきたのにみんなと同じことに安心感を覚えたり心が環境に適応できたりするはずなかった。

今思うこと・これから

ホワイトな社会にすら適応できない自分はダメな奴だ

って今でもよく思うけど、

今経験した仕事だけで全部ができないって決めつけるのはどうなんだろう

とも思うようになった。

冷静に考えればまだ新卒で入った会社しか経験してない。

とにかく今は鬱病を治して、これからは働き方を変えないといけない。

そのためには勉強して手に職をつけていくのが理想。

あまり自信ないけどね。

組織の一員だと責任につぶされるし自由に限りができてしまうからやってみるしかないよね。

私はたまたまHSS型HSPだっただけでそれ以外でも自分の性質と仕事が合わなくてつらい思いをしている人はいると思う。

やってみないと仕事があっているかなんてわからないもんね。

周りに理解されないのは辛いけど自分の生き方を模索して人生楽しくしたいね。

まの
まの

みんなで生きていこうね

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